日本語教員として指導することの難しさ

“世の中には様々な科目を教える「教員」が存在します。どの科目にも意味があり尊いものですが、日本語教員というのは周囲のイメージと実際のギャップが大きいもの、つまりひと際難度の高いものかと思われます。我々日本人にとって「日本語を教える」ということは比較的「簡単なこと」と思われる方が多いはずです。その理由は””我々は既に何の苦労もなく喋ることができるから””です。しかし、無意識レベルで喋ることができるからこそ、いざ外国人に指導する時にはそこには「意識的に」指導しなければならない難しさが存在します。例えば「彼はそこに行きます」と「彼がそこに行きます」を比較した場合、外国人に「が」と「は」の区別をしなければなりませんが、これを英語と対比させて指導することは素人には非常に困難です。そういう意味で日本語を指導する教員は相当な熟練が要される職務です。

日本語教員で重要視することは

日本語教員とは世界的に需要があります。まず、日本語ですが基本的に日本でしか使えないです。そうした意味では非常に汎用性が低い言語であるといえます。しかし、それでも十分に学ぶ価値があると考えている人が多いです。ビジネスとしても良いですし、文化的に日本にほれ込んでいる人もいます。そうした人達に教えるのが日本語教員になります。日本語が出来ればそれでよいわけではなく、文法的に教え込む必要があります。これは日本人でも相当に訓練が必要になります。それが実はかなり大変なことであり、実は400時間以上の学習が必須になります。それで日本語教員としてのスキルが水準まで引き上げられるようになります。日本語教育能力検定試験と言うのがありますから、まずはこれを目指すとよいです。但し、実は国家資格ではないので必須ではないです。

日本語教員の資格というのには

日本語教員とは、実は資格が国家的に認められているわけではないです。日本語教師、日本語教員として採用すること自体は自由です。能力があるのかないのか、ということが判断できればそれでよいです。その一つとして、日本語教育能力検定があります。これがあれば少なくとも習得している、ということになるからです。また、大学で日本語教育に関する科目を26単位以上修得して卒業していること、と言うのがあります。わかり易い基準であり、どこも良く使っている基準になります。後は日本語教師養成講座と言うのがあります。これもなかなか権威がありますから、採用の基準の一つになります。それと他の語学ができるのも一つの利点になります。何しろ、外国で働くことが多いからです。その為、外国語ができるのが最低限のハードルになる可能性もあります。”